絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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などかは下ろさぬ負える重荷を

 

一緒にいて苦しいだけの彼と一緒にい続けること、

苦しい仕事、苦しい状況、苦しい環境、、、

 

苦しいのは、

自ら重荷を背負い続けているからで、

そういうのを選び続けているのは自分ってこと。

 

不本意ですけど。(>_<)

 

でもね、不本意だけど、そうなんです。

苦しくて仕方ないなら、苦しいのをやめたいなら、

そうなんだって気がついて下さい。

 

その苦しい彼や仕事や状況や環境は、

自分で捨てることができるんです。

捨てないでいるのは自分なんです。

 

いきなり、

「捨てるという行動」をしないといけないわけではないですから、

まず、気がついて、決めて下さい。

 

もう重荷は下そう・・・(>_<。)

 

って。

 

これも自分の中のパターンなので、

気がついて決めても、

またうっかり同じことで苦しみます。うっかり。(笑)

(私もいまだに・・・(/ω\)イヤン)

 

そのたびに、思うんです。

 

もうやめよう。

もう重荷は下そう。

 

って。

 

そのうち、行動がついてきたり、

あるとき突然何かが変わったりします。

 

まず、気がついて決めることが大切なんです。

決め続けることが大事なんです。

 

思っても思っても、

下ろせない「重荷」もあるかも知れません。

 

でもそれは、その場合は、

きっとあなたにとって下ろしたくない「重荷」なのであって、

であればそれは、

あなたにとっては「重荷ではない」のではないでしょうか。

 

重荷でないなら、苦しくないはず。

 

それが重荷なのかどうか、

いま苦しいのならば、

まず気がついて、決めて下さい。

 

もう苦しむのはやめよう。

もう重荷は下ろそう。

 

って。

 

ね。(^^)

 

 

 

今日の記事のタイトルは、

讃美歌312番『いつくしみ深き』の歌詞から拝借しました♪

結婚式でよく歌われるので聴いたことがあると思います。(^^)

 

 

「などかは下ろさぬ負える重荷を」とは、

どうしてあなたは、背負っている重荷を下ろそうとしないのですか?

という意味です。

 

これは讃美歌ですので、

あなたの罪や憂いを引き受けてくれるイエス・キリストというような友がいるのに、

なぜ彼に何もかも打ち明けて、重荷を下ろそうとしないのですか?

という歌なのですが、

 

別にクリスチャンとか関係ありません。(私もクリスチャンではありません)

あなたの神様的な存在の前に、下ろしましょう。

あなたの重荷を。(^^)

 

 

 

英語版もステキ~♪(´∀`*) 


What a Friend We Have in Jesus