絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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必死に頑張らなくても幸せな世界もあるらしい。苦労はもうやめよう

 

一生懸命、必死に頑張らなくても、

スイスイ物事が流れていくってことが、あるそうで・・・( ̄▽ ̄)

 

こんな ( ̄▽ ̄) になってるのは、 

私もまだ、十分体験したわけじゃないからなんですけども・・・

(私の場合は、分野による感じですw) 

 

努力したわけじゃないのに、

頑張ったわけじゃないのに、

物事がうまく流れていって・・・

すごいシンクロの連続で・・・

 

・・・だなんて体験談、聞いたことありますよね。

(そんで、ムカつきますよねw

 人それぞれのタイミングがあるとは言ってもねw)

 

これは、

「本当に好きなことを頑張るのは努力と感じない」

なんていう戯れ言とは別の話で。

 

戯れ言っていうか、綺麗事って言い換えとこうかな。

(だってそんなん言われんでも分かってるっちゅーねんな)

 

本当に、

必死に頑張らなくても、

努力しなくても、

幸せな世界っていうのがあるらしい。

 

だもんで、

凡人の私達は、

 

「頑張らないといけない」という思い込みを手放したり、

「努力・勤勉が美徳」という思考を手放したり、

「本当の自分探し」をしてみたり、

「愛を知る」ことをしてみたり、

 

してきたわけですが・・・

 

幸せになるためには、

成功するには、

愛されるためには、

「こうしたらいい」

「こうすべきだ」

 

というような、

諸々の教えや情報をたよりに、

細々と頑張ってきたわけですが・・・

 

 

それって、結局「頑張り」なわけで。

 

 

Σ(゚д゚lll)ガーン

 

 

「頑張る」って、頑固なクセだよねぇ。

 

「苦労」とか、デフォルトアビリティなんじゃねーの。

ってぐらい、身に染みついちゃってて苦労してる感覚すらないとかね。

 

(他人から見たら、

 自ら・わざわざ・イバラの道を突き進んでいるようなことでも!)

 

だけど、

 

「頑張ってる(好き好んで頑張り過ぎてる)」

「苦労してる(好き好んで苦労し過ぎてる)」

っていう自覚は持てなくても、

 

「すごくしんどい」「すごく苦しい」

っていう自覚は持てると思うんです。

 

そのしんどさ、しんどい要因。

その苦しさ、苦しい要因。

 

それらを、

手放そうと、投げ出そうと、捨てようと、

してみませんか。

 

手放す時、投げ出す時、捨てる時は、

心が痛いかも知れないけど。

 

だけど、

少しずつでいいから、そうしようとしてみませんか。

(行動は、思い続ける先にあるから)

 

イバラのトンネルから、

本当に、必死に頑張らなくても、努力しなくても、幸せな世界

へ、移行するために。