絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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春風を探して ~ それは私が私であるだけで愛されていいという証拠

 

春一番というほどでもないけれど、

強い春風の吹く夕方に散歩をしていたら、

おじいちゃんと一緒にいた2~3歳の小さなかわいい女の子が、

泣いていた。

 

 

肩くらいまであるフワフワの髪の毛を、

おじいちゃんの手で頭のてっぺんでちょんまげにされた状態で、

泣いていた。

 

一瞬、おじいちゃんにからかわれて泣いているのかな?と思った。

 

一歩一歩、女の子とおじいちゃんに近づくにつれ、

女の子があんまり泣いているので、

おじいちゃんが困っているようだったら声をかけようかな?と思った。

 

ちょうど2人の横に来た時、

おじいちゃんがフワフワの髪の毛ごと、

泣いている女の子の顔を(頭を、かな?)包み込んで、

女の子に顔を近づけて、こう言った。

 

「髪の毛は、しょうがないんだよ。風が吹いてるからね」

 

風は、私の前から、女の子の後ろから、吹いていた。

 

そうか。

強い風で、髪の毛がパーパーするのが嫌だったんだね。

それで泣いてるんだね。

やさしいおじいちゃんだね。甘えてるんだね。

 

とても微笑ましく思いながら、2人の横を通り過ぎた。

 

私にも、おじいちゃんがいた。

あんなふうに、やさしいおじいちゃんが。

 

放浪癖や浮気性があったっておばさんが言ってるのを聞いたりしたことがあるけれど、

それが本当なのかどうか、私は知らない。

 

おじいちゃんは、いつでも私をかわいがってくれた。

 

その時代の人にしては背が高くて体格がよくて、

戦争時代の軍服を着て馬にまたがった写真がとてもかっこよかった。

 

私には、いつでもやさしいおじいちゃんだった。

 

お父さんに怒られている時は助けてくれて、

お母さんにはさせてもらえないことをさせてくれた。

 

私が私であるというだけで、愛してくれていた。

 

お父さんやお母さんも、そうなのかも知れないけれど、

関係性が近すぎて、それはうまく機能しない時があるから。

 

私にも、私が私であるというだけで、愛してくれた人がいた。

私が何の理由もなく、それと実感できるほどに。

 

あの2人によって久方ぶりに掘り起こされたその甘い記憶は、

春風のようにやさしく、私を包み込んだ。

 

それは、

私が私であるというだけで、愛されていいという証拠だった。

 

ーーーーーーー

 

ある人に感化されて、小説ちっくに書きましたが、実話です。(笑)

女の子、超かわいかった♪(´∀`)

 

あなたにも、

あなたがあなたであるというだけで愛情を向けてくれた人が、

きっといると思います。(血のつながりは関係ないよ)

 

記憶を探してみて下さいね。

 

愛されていなかった記憶ばかり反芻しないで、探さないで、

愛されていた記憶を、愛されている記憶を、探してね♪

 

そしてでも、その記憶が見つかっても見つからなくても、

 

あなたも、

あなたがあなたであるというだけで、愛されていいんです、よ。