絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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変えられるのは自分と未来だけ? 他人と過去は変えられない?

 

ずっとそうだと思っていました。

 

他人と過去は変えられない。

って。

 

それは確かにそうなんです。

 

どんな理由であれ、

他人を「変えよう」「変えてやろう」「変えてあげよう」としても、

うまくいきません。

 

それはコントロールであり、

それは重たいエネルギーであり、

それは諸刃の剣であり、

 

相手には嫌がられ、抵抗され、時には嫌われ、

(どんなに表面を取り繕ったとしても伝わりますから)

 

結局は自分も傷つくことが多いと思います。

 

過去の事実も、当然変わりません。

変えることはできません。

 

でも。

 

他人を無理に変えることはできないけれど、

コントロールはできないけれど、

(仮に一時できたとしても、きっとどこかで破綻すると思います)

 

影響を与えることはできて、

その結果、変わった、ということはあると思います。

 

自分も、

無理に変えられようとすると抵抗するけれど、

コントロールされるのはいやだけれど、

影響を受けることはあって、

その結果、変わった、ということがあるように。

 

人は、お互いに影響を与え合うことができます。

だからこそ、人間関係の中で悲喜こもごもが発生します。

 

影響すら与えられないなら、何のためのカウンセラーなのか。

というような記事を書かれていたカウンセラーさんがいて、

確かに。と思いました。

 

過去だって、

出来事は変えられないけれど、

そのことに対する見方や感じ方は変わります。変えられます。

 

他人や過去は、絶対に変えられない、

というものではないということですよね。

 

でも、繰り返しますが、

変えてやろうというコントロールでは、変えられません。

 

情けは人のためならず。人のためのお祈りは優しいコントロール、なのかも。

にも書いた通り、

 

「癒してあげたい」「助けてあげたい」という優しい気持ちですら、

「何とかなってほしい」「何とかならないと困る」というような気持ちが強まると、

それは程度の差こそあれ、やっぱりコントロールなのです。

だから、たぶん、そうそう変わりません。

 

「自分の周りの世界は、自分に見える世界は、

 自分の内側の反映だから、まず自分を変えないと」という気持ちも、

「そのことによって相手が変わってほしい」とか、

「そのことによって状況が変わってくれないと困る」とかいう気持ちが強いと、

以下同文。(;∀;)

 

他人も、自分をも、コントロールすることはできません・・・

 

影響も、「与えてやろう」とするものではないってことですね。

 

じゃあどうするか。どうなのか。なんなのか。

 

そこはやっぱり、愛が大事だと思うんです。

愛があったらどうなるか。どうするか。

 

雨だれが石を穿つように、気長に。

野良猫に餌をやるように、優しく。

 

そんな風に、気長に、優しく、愛情を注ぎましょう。

自分にも、相手にも。

 

それに、朗報ですが、

まず自分が完全に変わらないと、周りや環境も変わらないのかというと、

そうでもないようです。

 

相手を真に愛そうとし続けていることが、

時に失敗しながらも真に愛そうとし続けていることが、

少しずつ少しずつ、分からないぐらい少しずつ相手にも影響を与えていて、

それがまた、自分にも影響を与えていて、

少しずつ螺旋階段を登っていくような感じに思えます。

 

だってそれにほら、そもそも、

相手を真に愛そう。って決意して、そうし続けているのって、

相手による影響を受けている、ということですもんね~