読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

総合目次(全記事一覧)
↑目次から気になるタイトルの記事を読んでみてね↑

自己肯定感を高めるのが大事な理由(3)親のせいかもしれないけどさ

 

自己肯定感が育たなかったのは、

親のせいかもしれない。

 

親が十分に愛情を注いでくれなかったから、

親が十分に安心させてくれなかったから、

親が十分に肯定してくれなかったから、

かもしれない。

 

だけど、

十分すぎるほど大人になってしまった今、

 

自己肯定感の低さを親のせいにして、

嘆いているだけというのは、

大人気ないのではないだろうか。

(長いこと嘆いてただけの私が言ってみるw)

 

確かに、

自己肯定感が育たなかったのは、

多分に親のせいかもしれない。

 

でも今、

子供に戻れるわけではないし、

親が変わるわけでもない。(物理的にも中身的にもw)

 

 

自己肯定感は、

自分で育てられるんだから、

他人(親)をアテにしないで、

自分で育てたほうが早いと思う。

 

 

根っこのところは親に認められたい。

親から十分愛されたい。親からの愛情を感じて安心したい。

そうかもしれない。

 

だけどそれが何?

 

そうだったとしても、

他人を(親も他人です。別の人間です)

コントロールすることはできないんだから。

 

自分では制御できない部分にこだわって、

自分の不遇を嘆いても、どうにもならない。

 

 

自分で自分を肯定しまくって、

自分で自己肯定感を育てたほうが、

早いって!

 

 

そして自己肯定感が高まってくると・・・

 

親のことなんて、どうでもよくなるよw

 

いや、

今でも、

 

「あんな親じゃなければ、もっと普通に・もっと楽しく、

 生きられたんじゃないかな」

 

「あの親のせいでダメンズウォーカーになっちゃって、恨むわ」

 

とか思うことはある。

 

でも、

 

「だけどしょーがないよねー。

 そんなこんなでここまできた今の私が私だし」

 

とも思えるのです。

 

自己肯定感が育つと、

こんなゆるい感じのどーでもよさも育ってきますw

 

そしてさらに、

 

「こんな、"自分の幸せ" を掴めないように育てられて、

 一生ひとりぼっちで生きていくことになったとして、

 もし母親が先に死んだら、

 私が母親のかわりに父親の面倒を見なければならないの?

 血が繋がっている、介護義務があるというだけで?

 母親のかわりに、また父親の言いなりにならなければならないの?

 ・・・じゃあもう、死んだらいいかな。

 今死んだほうがいい。(父親より先に)」

 

という絶望的な気持ちも、

 

「んーーー

 もしそうなったら、

 (母親が先に死んで変人父親が残ってもし私にピンチが訪れたら)

 全力で逃げたらいっか!!」

 

という強い気持ちに育ってきますw

 

 

親の人生は親の人生、

私の人生は私の人生ですからね。

 

優しく面倒をみてくれる娘に育てなかった、

父親自身の責任であり問題なのです。

 

私を守るより父親に従って自分を守る方を選んだ、

母親自身の責任であり問題なのです。

 

そして大人になった私が、

黙って犠牲になる道を選ぶかどうかは、

私自身の責任であり問題なのです。

 

 

こんな自己肯定感、自分で育てられたよ!

 

友人や先輩の手助けはあるけど、

それは、

自分で自分を肯定しよう、

オープンマインド・オープンハートでいよう、

とし続ける中で得てきたものです。

(心を閉じてた時は、味方なんて誰もいないと思ってたもん)