絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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叶う願いも叶わない願いも、叶う恋も叶わない恋も、全てはベストタイミング。なんだと思う。けど

 

本当に、願えば叶うのでしょうか。

願い続ければ??

 

 

それは、今の私には、

そうであるとも言えるし、

そうでないとも言えます。

 

いろんな願いがあると思います。

願いに大きいも小さいもない、ことはないような気がします。

 

自分だけの願いや悩みに対して、

「心を平和に保つことが大事だよ~」

と人に言えても、自分自身でも思えても、

 

大事な人の無事を願う気持ちに、

焦らないで。平和でいて。

ベストなことがベストタイミングで起こってるって思って。

なんて、私にはとても言えません。

 

色んなスピリチュアルメソッドやヒーリングを勉強していたとき、

色んな「奇跡」を読んだり聞いたりしました。

 

でも残念なことに、

私は、それらを目の当たりにしたことはありません。

 

死の淵から自力で生還した人、

死の淵から救ってあげられる人、

(これらは主に創始者かナンバー2ですよね)

 

祈りによって病院を必要でなくしてしまった人、

電話一本で死の病を治してあげられる人、

大金を得て豊かになる方法、とか、

ソウルメイトと出会うとか。

 

本当に色んな「奇跡」を読んだり聞いたりして、

私もできるようになりたい、と思って、熱心に勉強していました。

 

だけど私は、勉強が足りなかったのかも知れないけれど、

どのスピリチュアルメソッドもヒーリングも、極めることはできませんでした。

極めるに至りませんでした。

 

「これは!!」と思って、極めようと思って、

そう思って真剣に取り組んでいても、

その組織の人間関係がイヤになったり、

(癒しの世界なのに派閥とか自己顕示欲とか私はいらない!)

勉強するうちその方法に「???」と思ったり、

創始者から教わらないと意味ないな、と思ったり。

 

なるべく、創始者に近いところで教わるようにしていたけど、

国境の壁や、三途の川を越えることはできないでいました。

 

スピリチュアルメソッドやヒーリングは海外発であったり、

創始者亡くなってることが多いという意味です!(笑)

 

創始者自身の人間性に幻滅することも何度もありました・・・

 

私がそんなたいそうな偉そうな人間なのか??というと、

当然そんなことはありません。

 

でも、普通の一般人の感覚と、

スピリチュアル感覚の両方を持ち合わせていると思います。

 

極めてみたいと思った道に幻滅する度に、

創始者の人間性に幻滅する度に、

 

私がおかしいのか????????

本気度が足りないのか????????

 

って悩んでヘコみました。

 

ある時、とても有名なメソッドの創始者の講演会に参加しました。

愛と感謝と許しによって浄化するのがメインメソッドです。

 

その講演会で、質疑応答の時間に、

 

「本に書いてあるようにずっと祈っているけれど、

 娘の病気が悪くなる一方でどうしたらいいかわからない」

と言って泣いているお母さんや、

 

「ぜんぜんうまくいかないじゃないか!!」

って怒っている男の人がいました。

 

そして、そのどちらにも、

明確な回答が出なかったと記憶しています。

 

怒っていた男の人のほうはともかく、

(たぶん被害者意識のほうが強くて心が全然平和じゃないはず)

 

小さい娘さんを思って泣いているお母さんにも、

明確な答えが出なかったことに、私は納得がいきませんでした。

 

愛と感謝と許しによって浄化するのに、

それを代わりにやってあげることはできないにしても、

その方法を、心を平和に保つ方法を、教えてあげてもいいじゃん、

それに答えられないなんて。って思いました。

 

あるいは説明されていたのでしょうか?

私が、英語が分からなかっただけ??

私に答えを受けとる心の態勢ができていなくて、私の耳がスルーしちゃった??

 

そうかも知れません。でも。

 

そして今は何となく答えが分かります。

 

それはたぶんフォーカスする先が違っていて、

娘さんの病気、それがよくなること、ではなく、

娘さんが病気でいることによって、

献身的な自分、必要とされている自分、という価値を見いだせるという、

メリットを手放す勇気と、

(もしかしたらそれによって夫をつなぎ止めていることもあるかも)

それがなくても、何もなくても、自分には価値がある、ということに、

フォーカスしたほうがいいんだろうなって。

 

でもこれは、

ものすごい勇気が必要なチャレンジだと思います。

 

そのお母さんにそう言える自信も、

私がその立場に立たされた時にそうできる自信も、

ありません。

 

それでも「核」はそこだと、今の私の直感は告げています。

 

どんな「問題」も、

叶う願いも叶わない願いも、

叶う恋も叶わない恋も、

届く祈りも届かない祈りも、

全ては、自分にとってベストなことがベストタイミングで起きている。

自分に乗り越えられる「問題」しか起こらない。

 

今感じていること体験していることが、

魂が感じたいこと体験したいこと。

 

運命100% = 自由意思100%

なんだとしたら 、

 

全てが間違いじゃないし、

全ての人がそれぞれに対応する力を持っている。

 

そしてどの対応もどんな対応も間違いじゃない。

(時に「奇跡」を追い求めちゃうことも)

 

そういう自分を、

そういう体験をしてそういう感情を味わってそういう対応をしている自分を、

肯定でき自信を持てるようになれたらいいんだと思います。

 

それが「核」だと思います。

 

だからやっぱり、

 

叶うまで持ち続けてそのように行動してしまうのが、

叶う願いであり、叶う恋であり、叶う祈り。

 

手放しちゃったのに戻って来てしまうのが、

叶う願いであり、叶う祈りであり、叶う恋。

 

なのではないかなぁと思います。

 

とはいえやっぱり、
世に溢れている痛ましい事故や事件の関係者に、
私はとてもこんなことは言えません。
そういう魂に、ただ尊敬の念を持つのみです。