絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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左手に告げるなかれ ~ 真の尽くす女養成講座(5)

 

ところで、

私はクリスチャンではありませんが、

新約聖書はわりと好きです。

(といっても通読したことはないですが・・・)

 

 

その中の

『マタイによる福音書(マタイ伝) 山上の垂訓』

のお話は有名なので、

 

こういう↓のは日本人でも聞いたことがあると思います。

 

「右の頬を打たれれば、左も向けなさい」  ←いやーん

「汝の敵を愛せよ」  ←それは、、、まぁ、、、

「裁くな、裁かれないためである」  ←まあねえ

「何でも人にしてもらいたいと思うことは、その人にしなさい」  ←がんばる

 

そのうちのひとつに、こういうのもあります。

 

「施しをするなら、

 その右手のしていることを左手にも知らせないようにしなさい」

(施し、とありますが、私は善行全般と置き換えて理解しています)

 

この話を知ったのは、

記事タイトルに拝借した、昔読んだ推理小説の中で、

その頃から私もそうありたいと思ってはいたのですが、

なかなかできませんでした。

 

特に彼に対して、

 

認めてほしいとか、わかってほしいとか、こんなに頑張ってるのにとか、

水面下の努力を知らしめてやりたいとか、

(知らしめたら水面下ちゃうやん・・・)

 

そういう気持ちが完全にはなくならなくて、

言動の端々ににじませてしまったりしてました。

 

人間だもの。(;Д;)

 

だがしかし、全国の真の尽くす女を目指す皆さん、

これは心に留めておいたほうがいいです。

 

無条件で愛し尽くす。そう覚悟を決めた。

だけどそれは、

「特にその相手にこそ」は、知られると、たぶん痛い目をみるので、

できるだけ悟られないほうが平和だと思われます。

(お互いの心が・・・)

 

愛していることは知られてもいい。

 

だけど、

無条件で愛し尽くす試みをしていることを、

その無条件さを、伝えないほうがいいかもしれない。(´Д`)

 

そのためにも、犠牲者意識も被害者意識も、

完全に手放していく必要があるんです。

 

とはいえ、

私達は天使ではなく生身の人間ですから、

自分の精神的向上の一環ではあれ、

当人に悟られない善行を続けていると、

しんどくなってきちゃったりして、

 

ついうっかり、

私こんなにやってる的なことを匂わしてしまったりして、

彼に激しく抵抗されて、

(ケンカになったり別れるって言われたりして)

 

またやっちゃった!!(┳◇┳) と後悔したりもします。

 

でも、山は登り始めたところです。

高みは目指しつつも、たまには滑ってもよしとしましょう。

 

人間だもの♪( ´▽`)