絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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ロミオとジュリエットとか曽根崎心中とか。それは悲恋じゃないと思う。

 

身分違いの恋物語って、昔からありますよね。

 

『ロミオとジュリエット』とか。

『曽根崎心中』とか。

 

『ロミオとジュリエット』は世界的に有名ですよねー。

 

敵対し合う貴族同士の令嬢と令息が、

ローティーンならではの(と思えるw)

すったもんだのうえ、

ふたりともがお互いの後を追って死んじゃうやつ。

(身もフタもない説明w)

 

一方、

『曽根崎心中』のほうは、大阪人にとっては馴染み深いですが、

一般的には知られてないかしら?

こちらは実話を基にした人形浄瑠璃(by近松門左衛門)です。

 

大阪は梅田、曽根崎(地名だよ)には

『お初天神通り』という商店街がありまして、

そんな繁華街の中に、

通称お初天神『露 天神社』という神社があります。

 

江戸時代、その境内で、

身分違いの若い男女が心中しちゃったのねん。

片や遊女、片や大店の出世頭。

(このカップルは未成年じゃなかったみたい)

 

でもまあ何しかすったもんだのうえ、

(詳しくは、WEBでw『お初天神(露 天神社)公式サイト』)

ふたりで死んじゃったお話です。

(だから身もフタも・・・w)


これらふたつのお話の共通点は、

身分違いの恋だったから結ばれなかった。

ということではなく、

 

身分違いの恋だったけど、添い遂げた。

(短いながらw)

ということです。


現代では「身分の違い」というのはあまり実感がありませんが、

現代でも「家柄の違い」というのは多々あると思います。

 

平成ももうすぐ30年、こんなこと普段はすっかり忘れていますが、

第二次世界大戦が終わってから、まだ100年経っていません。

 

ロミオとジュリエットは500年前、お初たちは300年前、

身分や家柄が何よりも大事であっただろう時代、

それが普通だった時代に、

そんな出自をものともせず、結ばれたわけです。


何が言いたいかって言うとね。

 

現代でも、

「家柄の違いで結ばれない(涙)」

って思ってる人達はいると思うんだけど、

 

なんでそう決めつけるの?(決めつけてあきらめるの?)

ということです。

 

現代では、

お互いがその気であれば、

心中せずとも結ばれることは可能だと思いませんか?

 

飛行機で1週間もかからず地球一周できる時代ですよ。

 

色々な事情やしがらみがあるのは分かります。

でも、

 

「家を捨てて、私と一緒に南の島で暮らそう!」

(南国いいよね南国w)

 

って言ってみたこと、ありますか?

言えますか?

断られるのが怖くて言えませんか?


でも、

泣いてあきらめるのは、それからでもいいと思うんです。

 

「お家最優先」で脳内ストーリーを進めるのはなぜかしら?

 

お家が最優先に決まってる

家や家族を捨てられるわけがない

そんなこと言っちゃいけない

わがままを言ってはいけない

家(公)より自分(私)を優先させるなんて見苦しい

彼が(男が)社会的立場を捨てるわけがない

自分が選ばれるわけがない

自分が我慢しないといけない

 

・・・などなど

 

って決めつけて、思い込んで、

勝手にあきらめて泣いてないかしら。


「家を捨てて、私と南国へ高飛びしようぜ」

って提案してみて、

「え、リームーw」

って言われたら、

 

そしたら、

 

そこまでの男だった、そこまでの縁だった、

ってあきらめつくと思うし、

あきらめてもいいし、泣いてよし。

 

だけど逆に、彼ばかりでなく、

あなたのほうも、全てを捨てて彼と南国へ高飛びする覚悟ありますか?

って話でもあるんですけどね☆


ロミオもジュリエットも、お初と徳兵衛も、

現代にいたとしたら、嬉々として高飛びしたんじゃないかしらw

 

ロミオもジュリエットも、お初も徳兵衛も、

「どうせ私は選ばれない」と思っていなかったことは、

きっと確かなんじゃないかと思います。