絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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メッセージが降りてきているって、ひらめきやインスピレーションと同じ

「メッセージが降りてきている」

とかいわれると、
すんごい特別なこととかすごいこととか、
選ばれた人、預言者、的な、特別な感じを持つかと思いますが、

これって単に、

インスピレーションが涌いた
ひらめいた

ぐらいで思ってたらいいんじゃないかなって思います。
誰でもそういうの、あるのよ。

私も別に特別な能力とかないけど、
ブログを書いていると、書きながら、
あーこれって自分の問いに関する答えだなぁ。
とか思うことは、しょっちゅうあります。

それは特に、
筆に任せて(キーボードに任せて?w)書いている時です。

このブログを書き始めた当初は、
作文や小論文のように、
起承転結序破急など構成を考えてから書いていて、
文章も行きつ戻りつしながらかなり時間をかけて書いていました。

そういう書き方でも、
思考する端々に「ひらめき」「インスピレーション」はあったのですが、

テーマだけ決めて、あとは思い浮かぶままに書いていくようにした今のほうが、
タイピングと思考とひらめきが同時進行するように感じます。

まあでも別に、特別なことじゃないと思う。
誰でもそういうの、あると思う。

だからね、
「メッセージが降りてきている」的なセミナーやワークショップに、
2時間で5万とか払っちゃうのは、
もったいないよ! って思うのだ。w
や、もったいないってのは、今の私の価値観だけど。

どうしてもそれに参加したい!って思って、
プラチナチケット並の魅力を感じるのであれば、
払ってもいいと思うけどね。

プラチナチケットのように、
ただそこに参加するだけ、見るだけ、聞くだけで、
というか、
そのことこそが楽しいことであって、
そのことこそにお金を払う意義がある、
っていうんだったら、全然もったいなくないと思う。

でも、昔の私みたいに、

「それに参加することによって、それにお金を払うことによって、
 答えを得たい、問題をなくしたい、解決したい、
 素晴らしい自分になりたい、お金がほしい、etc.etc…」

と必死な感じ、すがるような感じで参加するとしたら、

無駄金に終わる可能性が高い!・・・と思われますです。

なけなしのお金集めて高いお金払って、
そのセミナー講師の「すごさ」に、
自分のしょうもなさが際立って感じられたり、

なけなしのお金を使って高いお金払って、
「結局どうにもならない」という絶望感を感じたり、

・・・すると思われますですの。
(私がそうだったからw)

お金を使うなら、

掛け値なしに楽しいと思うことに、
使おう☆

「そのお金を払って過ごすその時間そのもの」が楽しいと思うことに、
使おう。

メッセージなんて、誰にでも降りてくるから。
ひらめかない人がいないように。
インスピレーションが涌かない人がいないように。

この記事もね、
テーマだけ決めて、あとは思い浮かぶままに書いたよ。

『お金は、
 「そのお金を払って過ごすその時間そのもの」が楽しいと思うことに、
 使おう。』

なんてところは、
降りてきたメッセージって感じかな。
書き出す前には、
そういうはっきりとした言葉(文章)は私の中にまだなかったから。

でも出てくるのよ。
でも誰でも出てくるから。
特別じゃない。