絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

総合目次(全記事一覧)
↑目次から気になるタイトルの記事を読んでみてね↑

最後だとわかっていたなら。と後悔したくないなら、伝えるべきことは

 

「もう顔も見たくない!

 っていうところまで頑張れば、後悔しないよ」

 

 

と、

ある友達が私に言ったのは、20代前半の頃でした。

 

元彼と付き合った直後、

その前の彼と別れた直後、だったかな・・・

 

その時から、この言葉は私の中に住み続け、

ただでさえどMな私の励ましとなると同時に、

枷ともなっていました。

 

そして、だから元彼となかなか別れられなかった。

と思っていました。

 

別れが頭をよぎるたびに、

 

でもまだ、

顔も見たくないほど好きじゃないってわけじゃない。

と思って、

どうしても決心できなかったから。

 

そして別れたあとは、

結局10年以上も付き合ってしまったことで、

自分を責めていました。

 

でも、、、

でも分かったんです。

 

そもそも私はお人よしすぎるぐらいお人よしで、

顔も見たくないぐらい人のことを嫌いになるなんてこと、

ないのです。

 

ということに気が付いていなかったから、

枷になっていたんだな。

って。(笑)

 

でも私は元々、

その友達に言われなかったとしても、

その人との関係で、

もう二度と会えなくても後悔しない。

もうホントのホントに無理。

というところまで頑張らないと、気がすまないタイプなんだな。

って。

 

ほんとにどMだなぁ。。。(笑)

 

でも、


あれが最後だとわかっていたなら・・・!


・・・というような後悔をしたくないんです。

そういう後悔をするのが怖いんです。

 

あれが最後だったとしても、悔いはない。

もう本当に無理だ。

 

というところまで、

いきつかないと決断できないタイプなんです。

 

だから、

元彼となかなか別れられなかったことを後悔しなくなりました。

それで自分を責めなくなりました。

 

私はいつも、私なりに、私らしく、生きてきただけだった。

 

ただ、

これが最後の接点になったとしても悔いのないほど、

いつも愛を伝えていきたいな。

と思うと、

ついついついつい何でも許せてしまって、

 

彼に理不尽だと感じることを言われても、

彼に自分の思っていることを言えなくても、

全然耐えられるって感じで、

 

ほんとにこれでいいのかなぁ・・・

なんて、

また思ってしまっていました。

 

思いながら、

 

でも私から切ることはできないもん。><

 

と、苦しんだりしてもいました。

 

でも苦しかったのは、

「愛されている」と分かる前は、

「愛されている」と分かっていなかったから。(笑)

 

だから、

いつもこれが最後の接点になったとしても悔いのないほど、

いつも愛を伝えていきたい、

 

だけど、

相手にも相手の人生における選択権があることも知っている、

愛を受け取るかどうかはその人の自由だということも知っている、

 

と思うと、

全力を尽くさせてもらえる間は、そのことを感謝しないと。

だなんて思って苦しかったんです。

 

いつもいつもこのように意識できるわけではないけれど、

私はそのように在ろうと思う。

だなんて思ってしまって苦しかったんです。

 

「愛されている」と分かっていなかったから、

私の愛も受け取ってはもらえないだろう、と思って

こんな考えになって、

苦しかったんだと思います。

 

今は、

そんな私なりの愛情も受け取ってくれていたことも分かったし、

愛されていることも分かったから、

 

ただ純粋に、

「あれが最後だとわかっていたなら」なんて後悔することのないよう、

いつでも愛を伝えていたいな、と思います。

 

色んなこと思うけど、

あれがまだ足りない、ここがまだちょっと、

なんて思ったりする時もあるけど、

でもそれは、好きだから。愛してるから。

 

だとしたら、伝えることは、

愛してるよ。大好きだよ。

以外にはないのかな、と思うのです。

 

不平不満を伝えるとか、無理に話し合うとか、

それが伝えるポイントじゃないと思うのです。

 

大抵の男子はそういう話し合いはキライだろうし。(笑)