絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

総合目次(全記事一覧)
↑目次から気になるタイトルの記事を読んでみてね↑

「私だけは」ありのままの私を認めよう

 

誰がどんなに違うと言っても、

誰にどんなに違うと言われても、

「私」が頑張ってきたのを、

「私」が頑張っているのを、

 

一番知っているのは、「私」のはず。

 

だけど、否定されるとぐらついちゃうよね。

試行錯誤しながら、頑張ってるんだもん。

 

合ってるのかな? 大丈夫かな?

って一番思っているのも、「私」だったから。

 

「ありのままの私」

 

それは、

 

「試行錯誤しながら頑張ってる私」も

「なのにまだうまくいかない私」も

「もう大丈夫だと思ったのにやっぱりまだダメな私」も

「そんな頑張りすら第三者に否定されちゃう私」も

 

全部含めて、

 

「ありのままの」私。

 

試行錯誤しながら頑張っている時は、

言い切り型、決め付け型の友人・知人・カウンセラー・セラピスト・占い師に、

傷つけられちゃうこともあります。

 

試行錯誤してるからこそ、

アドバイスのほうが正しくて、

「私」のほうが間違ってるって思えちゃって。

 

そして傷ついているのに、

笑顔でその場を乗り切っちゃったりして。

 

でも、

それが悲しくて悔しくてやりきれなくて泣けちゃうということは、

 

「頑張ってる私」が、

「私が頑張ってることを一番知ってる私」が、

 

そんな「私」のことを「認めて!!」って言ってるみたい。

 

だからそんな時は、

どうせどうせって泣くだけ泣いて、

なによなによって泣くだけ泣いて、

 

可能であれば、

「私」を全肯定してくれる友人・知人・カウンセラー・セラピスト・占い師に話したりして、

 

「私」がまだ「肯定できていなかった私」はそれなんだな、

「私」が今「肯定していない私」はそれなんだな、

 

って気づくチャンスだったということで。

 

傷ついているのに、笑顔でその場を乗り切っちゃうことは、

自分の意見を言えないヤツ、って言われちゃうこともあるけど、

それって、

そういう意見の人にはたぶん分からない、

 

自分を傷つけた相手なのにその相手を傷つけたくない

っていう優しい気持ちなんだから、本当は、すごいこと。

 

だから大丈夫。

どれも大丈夫。

 

らせん階段をゆるゆる登っていこう。