絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

総合目次(全記事一覧)
↑目次から気になるタイトルの記事を読んでみてね↑

引き寄せの法則はあるのか。手放せば願いは叶うのか。 ~ 手放すということ(2)

 

「引き寄せの法則」では、

 

手放すという意味で、

忘れたら叶う、あきらめたら叶う、

 

などと言われてますよね。

 

 

でも私は 、

彼と思いがけない仲直りをした時、

仲直りすることをあきらめたわけではありませんでした。

ちょっと力が抜けたってぐらいで。

(『大転機直後:思いがけない仲直り』参照)

 

まあその直前に、

もっと大きなことをあきらめましたが、(笑)

 

彼と仲直りすること自体は、別にあきらめてはいませんでした。

(『大転機:本当の「ありのままの自分」を認めた時』参照)

 

そもそも、

仲直りしたいとは思っていたけど、

何が何でも!!という風に願っていたわけでもありませんでした。

(引き寄せよう!とはしていなかった)

 

だから、

なぜそうなったのか分かりませんでした。

 

なるようになったのかな、そういう時期がきたのかな、

と受け止めただけで。

 

その後、

仲良しの先輩の長年の願いが叶ったことを知り、

叶う直前に何か心境の変化はあったのかどうか、聞いてみました。

 

そうしたらやっぱり、

 

多少そのことに関して力が抜けて、

今ある環境で前向きにじっくり待とう、

と思ったぐらいで、

別にあきらめたわけではないとのことでした。

 

先輩は、それが希望だったというだけで、

別にお祈りやアファメーションや引き寄せの法則等をしていたわけではありません。

 

また、

そうなるために考えられる準備はしていたけれど、

(自分でどうにかできるものではないけど、

 自分でできることを考えてやっていた)

先輩も、

何が何でも!!という風に願っていたわけでもありません。

 

それで、

 

やっぱり叶う前には心境の変化があったんだなあ、

力が抜けたんだなあ・・・

 

と思った時、ひらめきました。

 

そうなる時期がきたら、

無意識に察知して力が抜けるんじゃないだろうか。

イコール、

かなう時期がきたら、

自然と「手放す」ことになるんじゃないだろうか。

 

って。

 

だからやっぱり、

 

叶う願いというのは、持ち続けてしまう願いであり、

願おうが願わなかろうが、手放そうが手放さなかろうが、

執着しようが執着しなかろうが、

そうなる時はそうなる。

 

だとしたら、

のほほんと、今ある状況を楽しんで、(楽しもうとして)

こうなったらいいな・ああなったらいいなと思うことは自由に妄想して、

でも執着したかったら執着して、もがきたかったらもがいて、

あがきたかったらあがいて、苦しみたかったら苦しんで、

とことんそうして、

 

その時々の自分の心の赴くままに、自分のやりたいようにやる。

 

それでよくて、それしかない。

 

そうなんじゃないかな、と思うのです。

 

やっぱり、結局、

自分に起こることは、全て、自分にとって最高のことであり、

最高のタイミングで起こっている。

そして、それらへの自分の対応もまた、常にベストである。

 

時々忘れるけど。( ̄▽ ̄)

 

運命や使命はあるのか。あるとしたら自由意志はどうなるのか。』でも、

同じこと、書いてますね・・・ちょっと視点が違いますが。

 

だから紆余曲折も、

自分なりに迷い悩みながら自分の思う通りに生きていることも、

運命通り。

 

自分なりで、運命通り。

自分の好きなようにやって、運命通り。

 

なるようになる。

なるようにしかならない。

 

だから、

どう転んでも幸せな人生だと、軽やかに信じて生きていきたい。

 

そうは思えない? そうは思えない故人がいる?

 

誤解を恐れずにいえば、そんなの放っておいていいんだと思います。

(書いててちょっと胸がちりちりしますが)

 

幸せであったかなかったか、

それは、本人以外、わからないことだから。

 

自分は自分のこと、それでいいんだと思うのです。

 

みんなが自分なりに思い通りに生きて、

それが絡み合って全てがそれでベストなのではないかと、思うのです。

 

時々忘れるけど。( ̄▽ ̄)

 

まとめ:

無理に手放さなくていいと思われます。(笑)