絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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自由という名の不自由、心理ブロックという名の言い訳(1)

 

本当は、全て自由なんです。

そうなんだと思います。

 

 

本当は、何もかもが自由で、何してもいいし、何でもできる。

そうなんだと実感してきました。

(何もかもを思い通りにできてるわけじゃないけどね~)

 

なのになぜ、不自由を感じるのか。

 

それは・・・

 

不自由なほうが、ラクだから。

不自由なほうが、生き易いから。

不自由なほうが、逆に自由だから。

 

みたいです。

 

私が学生だった80年代、

校則とか服装などは、厳しいのがスタンダードでした。

 

だから尾崎さんは、

夜の校舎で窓ガラスを壊して回ったわけですよね。(尾崎豊!)

 

私も中学生の頃、

スカート短くしたい!

セーラー服のネクタイも短いほうがかわいい!

ていうか制服なんてヤダ!

なんで靴下は白じゃないとダメなの?

私服の学校はいいなあ。

だなんて思っていました。(カワイイなあ。笑)

 

でも多分、

私服で登校していいって言われたら、困っていたはずなんですよね。

着る服がないー。何着ていいかわかんないー。とかって。(笑)

 

そして、

 

子供時代も、学生時代も、社会人になっても、恋人ができても、

結婚しても(すいません結婚はしたことないので想像ですがw)、

 

私達は大なり小なり、

ある縛り・・・校則ならぬ拘束に対して、

拘束(制限)だと自分が感じるものに対して、

不自由を感じ、そこから自由になりたいと思い、

それが「願い」になっているのではないでしょうか。

 

でも、

たぶん大多数の人間にとって、

 

拘束から逃れたい!

この制限さえなければ!

自由に生きたい!

と思って生きるほうが実はラクで、

 

自分の人生を、

真っ白な状態からデザインしていくほうが、

ゼロから設計して構築していくほうが、

実は難しいんだと思います。

 

だから、

 

拘束が、制限が、あるからできないのよ!! (┳◇┳)

だなんて、

ぐるぐる思って生きるほうが、実は簡単なようです。

 

そして人間はラクな方に流される生き物だと思いますので、

(慣性の法則に従っていたいというか)

それを継続しちゃうのです。

 

不自由なのは、自由にできないのは、

心理的ブロックがあるからだわ!!

 

とか何とか思ったりして。