絶対幸せになってやる。

とはいえ、無理に幸せになることもないw

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慣れたら、無意識。何をするにしても、慣れるまでが大変。

 

何をするにしても・・・

 

泳ぐとか、自転車に乗るとか、車を運転するとか、

新しい道順を覚えるとか、

新しい仕事を覚えるとか、

 

新しいスマホや家電の操作とか、

作ったことのない料理の作り方とか、

考え方、とか。

 

何をするにしても、慣れるまでが大変です。

 

でも、

慣れたら何でも無意識にできるようになります。

 

慣れる前に続けるのをやめちゃうことが、

できないでいること、苦手なこと、だと思います。

 

本当は、

誰しも「できないこと」というのはないんだと思うんです。

 

好みや向き不向きはあると思いますが、

本当に好きなことやしたいことは、

苦手なり、できないなりに、続けてしまうものだと思います。

(だけど続かないからといって、自分を責める必要はないと思います)

 

目に見える何か習得したいこと、

は、できるできないが分かりやすいけれど、

 

目に見えない何か習得したいこと、

考え方、

なんかは、できるできないが分かりにくくて、

ちょっと難しいなーって感じるかも知れません。

 

でも、

今している、今してしまっている考え方って、

それこそ無意識にしてしまっていて、

それは言い換えれば無意識になるくらい、してしまった考え方ということ。

 

変えたい、新しい考え方を取り入れたいと思っても、

難しく感じるのは当然なんです。

 

だって、

 

ほんの1年や2年しか使っていないスマホの操作だって、

慣れるまではじめは苦労したはずなのに、

いつしかすっかり慣れてしまって、

機種変更したときにまた少し苦労しますよね。

 

車の運転だって、

「自分の車」でも、それが新車ではじめて乗った頃は、

あれこれ不慣れだったはずです。

 

だけどいつしかすっかり慣れてしまって、

車検の時の代車や、レンタカーに乗ったり、

違う車に買い替えたりすると、

あれ? ってなりますよね。

 

この「あれ?」は、

「いつも(の車)だったらこうなのに」という、

無意識でやってしまっていることとの違和感です。

 

「考え方」というのは、

そういった「目に見える習得したい何か」よりも、

もっともっともーっと長い間、自分と共にあったものなのですから、

 

変えたい、新しい考え方を取り入れたいと思っても、

難しく感じるのは当然なんです。

 

だから、すぐできなくて当たり前で、

できない自分を責める、

というその考え方も「今までの考え方」じゃないか?

って思って、

 

無意識でお馴染みの考え方をしてしまった自分を責めずに、

(責めたからってできるようになるわけじゃないし)

 

慣れるまで、いつしか無意識になるまで、

ただ続ければいいだけ、と思うのです。

 

つらくてイヤになっちゃって投げ出したとしても、

またやりたくなったらやればいいだけ、だと思うのです。